和暦と西暦の使い分け|改元の仕組みと書類の書き方
和暦がどう決まるのかを一世一元の制から解説し、改元をまたぐ年の正しい書き方、「元年」と「1年」の使い分け、履歴書や公的書類で迷わないためのルールをまとめます。
和暦は「天皇一代につき一つ」と決まっている
現在の元号の決め方は、明治から始まった一世一元の制にもとづいています。 天皇一代につき元号を一つとし、在位中は改元しない、というルールです。
それ以前はまったく違いました。江戸時代までは、天災が起きた、縁起の良い出来事があった、 干支が特定の組み合わせになった、といった理由でたびたび改元されていました。 在位中に何度も元号が変わることが普通で、 慶応以前の年号を西暦に機械的に対応させることはできません。 西暦と和暦の変換ツールが明治以降しか扱わないのは、この事情によります。
改元をまたぐ年の書き方
元号が変わった年は、1つの西暦の年に2つの元号が存在します。 ここが実務で最も間違えやすい部分です。
| 元号 | 開始日 | 終了日 |
|---|---|---|
| 令和 | 2019年5月1日 | — |
| 平成 | 1989年1月8日 | 2019年4月30日 |
| 昭和 | 1926年12月25日 | 1989年1月7日 |
| 大正 | 1912年7月30日 | 1926年12月24日 |
| 明治 | 1868年1月25日 | 1912年7月29日 |
たとえば2019年4月30日は平成31年4月30日ですが、 翌5月1日は令和元年5月1日です。同じ2019年でも、日付によって元号が変わります。
昭和と平成の境目はさらに極端で、昭和64年はわずか7日間しかありません。 1989年1月7日までが昭和64年、1月8日からが平成元年です。 昭和64年生まれの人は、この7日間に生まれた人だけということになります。
「1989年=平成元年」のように書かれた早見表は、 その年の大半を占める元号で代表させているだけです。 年単位で見るぶんには問題ありませんが、 日付が改元日の前後にある場合は必ず日付単位で確認してください。 西暦・和暦変換ツールは日付単位で判定します。
「元年」と「1年」はどちらが正しいか
公的な文書では「令和元年」と書くのが慣例です。 改元された最初の年は「元年」と表記する、という古くからの決まりによります。
一方で、数字を記入する欄しかない申請書などでは「令和1年」と書いても誤りではありません。 システム上の日付データも「1」で扱われます。 手書きの書類は「元年」、数字入力の欄は「1」と覚えておけば実用上は困りません。
履歴書での使い分け
履歴書では、和暦と西暦のどちらを使っても構いません。 ただし書類全体で統一するのが原則です。
生年月日を和暦で書いたなら、学歴も職歴も免許・資格の取得年月も、すべて和暦で揃えます。 途中で混ざっている書類は、それだけで確認を怠る人という印象を与えます。
近年は西暦での記入を求める企業が増えています。 理由は単純で、西暦のほうが年数の計算が容易だからです。 「平成14年入社、令和3年退職」より「2002年入社、2021年退職」のほうが、 在籍年数が一目で分かります。指定がない場合は西暦を選んでおくと無難です。
なぜ日本の書類にはまだ和暦が残っているのか
行政の文書は法令上、和暦を用いるのが原則とされてきました。 戸籍、登記、年金記録といった長期に保存される記録が和暦で蓄積されているため、 一気に西暦へ移行すると過去の記録との突き合わせが困難になります。
近年は西暦との併記が進んでいますが、 古い証明書を取り寄せると和暦で記載されている場面はまだ多く残ります。 相続手続きで戸籍を遡る、年金記録を確認する、といった場面では、 明治・大正まで含めた変換が必要になります。
干支は12年ではなく60年で一周する
「今年は午年」のように言う干支は、正確には十二支だけを指しています。 本来の干支は、十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と 十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を組み合わせたもので、 全部で60通りあります。
60年で元の組み合わせに戻ることから、数え年61歳を還暦と呼びます。 生まれた年の干支に還るという意味です。 甲子園球場が甲子(きのえね)の年に完成したことに由来する、というのも同じ仕組みの話です。
まとめ
- 現在の元号は一世一元。明治より前は変換表を作れない
- 改元の年は日付で元号が変わる。早見表は年単位の目安
- 手書きは「元年」、数字入力の欄は「1」
- 履歴書はどちらでもよいが、書類全体で統一する
- 指定がなければ西暦のほうが読み手に親切